学生向け研究解説

このページでは、主に学部学生向けに研究室の研究概要を紹介しています。

減数分裂 ー染色体の出逢いと別れの物語ー 

 私たちは、精子や卵子を作るときの細胞分裂「減数分裂」が、どのような分子メカニズムによって正しく実行されているのか?を理解しようとしています。そもそも、細胞が正常に機能するためには、正しい数の染色体(人間の場合、母方から23本と、父方23本の計46本)を持っていることが重要です。染色体数は、多すぎても少なすぎても細胞の機能に異常をきたすので、正しい数の染色体を受け継ぐことが生物にとって重要です。

 減数分裂は、二倍体のゲノムDNAを持つ前駆細胞から一倍体の精子、卵子などの配偶子を生み出す特別な細胞分裂です。減数分裂は、生物にとって自分の子孫を産み出すための細胞分裂ですので、できるだけ正確にゲノムDNAを子孫に渡せるよう、厳密にコントロールされています。酵母やマウスを含む多くのモデル生物では、約99-99.9%の割合で、正しい数の染色体を受け継いだ正常な生殖細胞が作らますが、一方、ヒトの卵母細胞の場合、正しい数の染色体を含む卵母細胞は、全体の70–90%にしか満たないことが多く、これは、ヒトにおける流産率の高さに直結しています。このように、減数分裂は、有性生殖に必須の細胞分裂でありますが、その分子メカニズムには、まだまだ多くの謎が残されています。

 そもそも、細胞は、どのように二倍体のゲノムDNAを、一倍体のゲノムDNAへ分けるのでしょうか?体細胞分裂では、それぞれの染色体が、複製され、姉妹染色体が分離されるだけです。一方、減数分裂では、普段は独立に存在している相同染色体(例えば、母方第一染色体と、父方第一染色体)が、減数第一分裂で分離され、減数第二分裂で、姉妹染色体が分離されます。この二段階の染色体分離が連続して起こることで、一倍体のゲノムを持つ精子、卵子が作られます。

 

別れるために出逢い、パートナーと対になる染色体たち

では、どのように相同染色体は分離されるのでしょうか?染色体を分離するためには、まず、分離すべき染色体同士を「くっつけておく」必要があります。これは、染色体分裂が、『染色体を、右と左から引っ張って、対極の方向に染色体を配置(orient)してから分離する』ことで実行されるからです。このため、減数分裂の前期では、染色体が、それぞれ自分と相同な染色体パートナーを見つけ出して、ペアになり、物理的にくっつく(交叉を形成する)ことが必須です。すなわち、母方第一染色体は、数多ある染色体の中から、父方第一染色体を見つけ出して、物理的にくっついておく必要があります。このとき、もし各染色体が、相同なパートナーとペアになれなかったり、間違った染色体とペアになってしまったりすると、精子や卵子は、異常な数の染色体を引き継いでしまいます。このような減数分裂時におけるエラーは、人間の場合、異常な精子や卵子の産出、そして不妊やダウン症などの染色体先天欠損症につながります。染色体分離の前提条件として、各染色体が相同なパートナーを探し出してペアになり、交叉を形成して物理的に連結される分子メカニズムにはまだ多くの謎が残されています。私たちは、これらの分子メカニズムを理解することにより、正常な精子と卵子が生み出されるプロセスを理解しようとしています。


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傷つくことで、パートナーとつながる染色体たち

相同染色体間に作られる交叉は、母型染色体と父方染色体を一部つなぎかえることによって、相同染色体同士を物理的に連結します。染色体をつなぎかえるため、生殖細胞は、まずDNAを切断する酵素を用いて染色体上にDNA二重鎖切断を作ります。その切断されたDNA鎖の一部が、相同染色体のDNA鎖と相同組み換えを起こすことにより交叉、すなわち染色体のつなぎ変えが起こります。一般に、体細胞におけるDNAの切断は、遺伝子変異やゲノムの不安定化に繋がる「DNAの傷」と見なされ、細胞はあらゆる手段を用いてDNAに傷ができるのを防ごうとしています。しかしながら、減数分裂では、交叉を作るために、わざわざ DNAに傷をつけて、相同染色体とつなぎかえなければいけません。この時、多すぎるDNA切断は、修復し切れないDNAの傷を残すリスクを生みますし、少なすぎるDNA切断は、交叉の形成不足につながるため、多すぎず、少なすぎず、ちょうどよい量のDNA切断を作ることが、生殖細胞にとって重要だと考えられます。私たちはこの、ちょうどよい量のDNA切断がフィードバックにより作られる分子メカニズムも明らかにしようとしています。 

減数分裂のモデル生物としての線虫

 私たちは、減数分裂期の染色体のふるまいを制御する分子メカニズムを調べるため、C. elegans(シーエレガンスと呼びます)と呼ばれるモデル生物 線虫を用いて研究しています。線虫は、地球上で、もっとも個体数の多い動物とされおり、寄生性、非寄生性など様々な種類があります。その中の一つであるC. elegans は(非寄生性)、体長が1mmくらいの小さな線虫で、腐った植物中などに多く生存しており、遺伝学的操作や、飼育、凍結保存が容易で、全ゲノムDNAも解読されているため、分子生物学における重要なモデル生物の一つとして研究に多用されています。2002年には、線虫を用いた細胞死、細胞系譜の研究にノーベル医学賞が授与され(Sydney Brenner, Bob Horvitz and John Sulston博士)、2006年には、線虫を用いたRNA干渉メカニズムの発見に対してノーベル医学賞(Andrew Fire, Craig Mello博士)が授与されています。線虫が持つ遺伝子のうち、60−70%は私たち人間にも共通しているため、ヒトにも共通する様々な生体のメカニズムを理解することを目指して、飼育や遺伝子組み換えが容易な線虫が、実験材料として用いられています。

 特に、線虫は、1個体が200-300個の子供を産むため、生殖細胞の数が非常に多く、加えて、生殖腺(人間でいうところの卵巣、精巣)に、これらの生殖細胞が、細胞周期を反映する順序で秩序正しく並んでいるため、減数分裂前期の染色体の構造変化を観察するのに非常に適したモデル生物です。私たちは、この特性を利用し、線虫の卵母細胞核における染色体制御因子の核内分布を可視化したり、CRISPR-Cas9法などを用いて減数分裂因子に変異を導入した遺伝子組み換え線虫を作製し、その表現型を解析する、といった手法で、主に線虫の遺伝学と顕微鏡観察を用いて研究を進めています。

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おわりに

 正確にゲノムを分配するため、減数分裂前期、染色体はいくつかの難技をこなさなければいけません。相同なパートナーとなる染色体を見つけて、ペアになること。DNA二重鎖切断を作って、相同染色体のDNAと、自分のDNAを繋ぎかえることで、物理的な連結(交叉)を形成すること。減数分裂における2段階の染色体分離(減数第一、第二分裂)で、それぞれ分離する染色体領域を決めることなど。一見困難に見える染色体のふるまいは、分子生物学における魅力的なクエスチョンの宝庫です。私たちは、生殖細胞が非常に豊富なモデル生物線虫を用いて、これらの問題にアプローチし、染色体のふるまいを制御している分子メカニズムを理解することを目指しています。

 
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カールトン研究室の研究環境 

 カールトン研究室は、研究室のリーダー(Peter Carlton)がアメリカ人で、外国人留学生も多く、サイエンスと英語を同時に学ぶことができる国際的な研究環境です。日本人の研究スタッフも常駐していますし、研究室に参加するにあたり、初めから英語に流暢である必要は全くありません。研究室で国際的なメンバーと研究を進めるにあたり、英会話能力は、自然と上達します。サイエンスも、英語も両方できるようになりたい!というやる気のある学生さんを募集しています。カールトン研究室は、京都大学大学院 生命科学研究科に所属しており、大学院生を募集しています。興味がある方は、お気軽にお問い合わせください。研究室訪問も歓迎しています。また実験補助員としての学部生も随時募集しています。将来、海外留学したいなと考えているあなた!まずはカールトン研で国内留学してみませんか?

日々、私たちがどのように研究し、論文を発表しているかについては、発表論文の「論文よもやま裏話」や過去のインタビュー記事卒業生の声もご覧ください。

連絡先 カールトン carlton.petermark.3v匝kyoto-u.ac.jp(メールは日本語でも大丈夫です。)

京都大学大学院 生命科学研究科 https://www.lif.kyoto-u.ac.jp/j/

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